「食の風景」は人を語る

夕方早い時間に現れるカップルの中に妙に年齢バランス、雰囲気がチグハグな組み合わせの人達がいる。一瞥しただけで様々な飲み屋さんの同伴だな?と分かる。

昔若い頃僕は、そんな男たちを見て「鼻の下長ぞう君」なぁ~んて嫌悪と軽蔑の念を禁じえなかった。

そんな手を使わず、珈琲一杯を前に正々堂々と口説けよ!…そんな不遜な思いを抱いたものだった。

 

自分の感性こそが未熟だった。

男と女の関わり合いを「勝ち負け」「支配と服従」だけで捉えていた。

大いなる若気の至りである。

男が主導するのがカッコイイ?という薄っぺらな判断だった。

 

いろいろな無様を舐め尽くして生きていく経験は僕に物事の深さを考えさせることを学ばせた…。

女性の要望に「従ってあげる」、女性の主張に「負けてあげる」、相手を『主』として「従の立場」に徹する男は「柔らかな強さ」を有している事を学んだ。

同時に、そんな取り合わせのカップルの女性が問われるのは気遣いを通して垣間見れる賢明さと優しさである。

 

出勤前の食事を単なる「手続き」として不愛想極まりない対応をする人も結構いる。

一刻も早く勤務先へ赴き、「目的の宴」を開始したい!…その欲が「アカラサマ」に過ぎる。

手段より?何より結果を急ぐ心が嫌でも目に付くのである。

 

それでもそれでも、相手に嫌な顔一つ見せず辛抱強くコミュニケーションを努力出来る男…エライなぁ?と僕は思う様になった。

その態度こそが「男の余裕」って奴かもしれないね…と。

 

要するに僕は、今よりもっともっと狭小で頑なな「食えない男」だったのであります…。