再放送で

少し前の話。

再放送で穂高山荘支配人だった宮田八郎さんのドキュメンタリーを見た。

 

アニメのモデルにもなった有名人だからプロフィールは割愛。

穂高と関わり、穂高を深く愛し、様々な穂高を撮り続けた男だ。

 

峻険な山と澄んだ空と日本海から吹き来るガスとが交互に気忙しく入れ替わる自然のみの風景。

 

驚いたのは執拗に思考を止めようとしない彼の『考え続けるエネルギー』の凄みだった。

死にたくなければ山に入らなければ良い!

それなのに何故、人は山に登るのか。

 

山での事故や遭難は迷惑なのか?

それじゃ山で逝ってしまった二人の男女の親友の死は全く無意味なモノだったのか?

と彼は思考し続けるのである。

山は人間を拒絶する存在なのか?

 

長い時間を掛けて…やがて彼は素晴らしい達観を得る。

山があればこそ彼女は、彼は、あれだけ輝く事が出来たのだ!…と。

 

山の中に在ってこそ彼女は、彼は、生き生きと輝けたのだ。

山こそが彼女を彼を生きさせたのだ!…と。

 

アイルトン・セナはF-1カーで死んだ。

彼はF-1カーがあれはこそ彼の命を輝かせたし、F-1カーによって彼の命は独自の意味を得られた…そういう事なのか?と、僕は考えた。

 

人間というものは、真摯な興味を何か一つに向ければ哲学者になれるんだなぁ…と思った。

 

麓で四人の子供を育て上げた奥さんは言った。

「興味惹かれる事に夢中になる彼でないと詰まらない…駄目なんですよ(私は)」と。

 

このカップルの出会いは最高の天の配剤だったんだなぁ…と思った。

どちらが欠けても『宮田八郎というプロジェクト』は陽の目を見ることは無かっただろう。

 

トコトンピュアな魂を持つ男には…そのピュアを見抜き愛し続けられる女が与えられるのかも知れないなぁ。