何処にも

何処にも持って行き場がない『哀しい心』という奴がある。

 

ごくごく稀に男と女の別れにも救われ難い情念が付いて来る事はあるけれど…

ま、その種の感情は基本的に貧病老死の何れか、又はその合わせ技によって発生する。

 

※俺を見捨てた人を  恨んで生きるより

幼い心に秘めた  虚しい心の捨て場所を

探してみたい …

アリス  『遠くで汽笛を聞きながら 』の一節

 

幼い心と表現された心情は、いくつになっても幼子の心と変わらなくピュアで純情色に澄んでいる。

 

本望を本心で本気で実現しようとする時、人は無意識に全身全霊を動員する。

様々な人とその感情達との関わり、事情の歪み、運不運が絡んでの変遷の挙げ句に気付けば底深い谷底に独り座り込んでいる。

 

物言う相手も居らず、結果も責任も引き受け先は自分のみ。

喪失感、孤独感、挫折感、自己嫌悪…そんな負の感覚全てがない交ぜとなる。

そんな時、心は人の言葉にも自分の言葉にも拒絶反応を示し、感情は酷い重度の麻痺に至る。

 

怒りの力を奪われ、やたら密度を増した怨みつらみが、幼いまんまのピュアなメンタルを土中深く引きずり込み…洞窟の中に這いつくばった遥か昔の戦士達の白骨の様に微動だに出来なくさせる。

 

そんな虚しい幼い心の捨て場所は探せども探せども実の所何処にも無いのである。

自分の胸奥の一番深い所にそっと安直し、気の遠くなる様な時間の中で風化を待ち続けるしかない。

 

自分の期待を裏切り続け心を翻弄し続けた挙げ句、深淵な闇に導いたこの街の一隅に座り込む。

そしてそっと息を潜めて目を閉じた時、人は本当の哀しみを知る人間になれるのだ。

 

一日の終わりの列車の汽笛が闇夜の向こうから聞こえ来る…

気の遠くなる様な長い時間のこれからがある!と告げているかの様に。