アナログ人は…(2)

今回はおよそ2年前に書いたモノで、人の情報の処理の仕方に噛みついた自分の文章を見付けたので掲載します。

 

【アフガンの犬】

たまにSNSを覗くと『美談らしいモノ』が掲載されている。

アフガンで野良犬三匹にアメリカ兵士が食べ物を与えていた。

その犬達はとてもなついていた。

 

自爆テロがあった時…犬は危険を教え、果敢に立ち向かっていき一匹は死んだ。

アメリカに帰った兵士は、退役軍人の組織に訴えかけて二匹の犬をアメリカに運んでもらった。

その費用は二百三十万円余り。

その組織が寄付を募って実現した。

 

『感動の再開シーン』とかも美文と共に紹介されていた。

一方から眺めた風景はその様にも映るだろう…。

それを一概に批判はしないけれど。

 

その兵士はアフガンに何をする為に派遣されていたか?

その彼に自爆テロを仕掛けるアフガンの若者が持つ動機、感情は?

 

その兵士の属するアメリカの軍隊による『誤爆』とか『誤射』と一言で説明される行為によって殺された民間人の子供や女達の家族の悲しみは如何程なのか?

…そこの所の事情は、その美談から見事にカットされているのである。

 

周辺の事情の殆どがカットされた『美談』に恐ろしい数のイイね…。

先進国(?)といわれる国々の人間のお目出度い感覚の一端を見た様な気がした。

 

そのアメリカ退役軍人の為の組織が、自分達が怪我をさせたり孤児にしてしまったアフガンの少年少女を治療の為にアメリカに運んだ話は聞かない。

 

僕も犬大好き人間。

こんな話についつい見入ってしまう。

一つの話にはもっと大きなその周辺の事情が潜んでいるし、手放しで喜ぶわけには行かない悲惨な状況だってある。

 

良くも悪くも…『編集というモノ』は大きな効果を作るものである。

何処を何れだけの範囲でモノゴトを見てるか?

…それはその人の人間力次第なのだ。

 

※参考文…アフガンの犬

 

この『美談』が何%の真実を語っているだろうか?

…という事を一度足を止めて考える必要があると思う。

 

『矮小化』される情報とその処理の仕方に余程注意しないと『本当の事』からどんどん隔絶されて行くんじゃね?…と思うのである。