本当に欲する(3)

本当に?とか、妥協?とか。

 

それは本人に取ってのみ大問題であり、他人がどうのこうの言うべきではない。

大きなお世話…である。

本人が良いならそれで良いという話だ。

 

共依存症的に、それじゃダメだ!と要らぬお節介を散々働いて…結果パチンコ屋さんに多額の寄付をさせただけだった、という経験から得たのは…『本人の望んだ通りにしかならない!』…ということに尽きる。

 

その人の望みや欲求が良いか悪いかは別にして、その人が望むレベル、内容にしか事は運ばないということである。

例えソレが社会道徳に反する事であっても『その人の望んだ通り』に事は運び結果が出る。

 

自分の『善意の押し売り』の浅はかさを存分に味わうだけの経験だった。

例え自分が望む形の方が断然素晴らしい!結果が出るんだとしても、その人が望むレベル以上の答えは出ないのだ。

文字通り要らぬお節介なだけである。

 

「此方がこれだけ苦労したのに…」なんて思いが残るのは、『見返りを求めた』からだと随分後で納得出来た。

自分が『本当に欲する事』を行ったのなら、相手の態度もそれに伴う結果も関係ないんだ!と思い至り、我が身の狭小さに辟易となった…。

 

本当に必死になって求める時、相手は関係ない。

『自分がしたいからする。欲するから行うだけ。』の心境になれるのだ。

 

相手次第で此方も変わるのなら…それはそこまでの『駆け引きレベルの関係』であり、見返り欲しさの詰まらない心情だ。

相手が謝るなら此方も謝る…なんてレベルの喧嘩と駆け引きに夢中のカップルをよく目にするけれど…所詮、餓鬼のワガママを通したいだけのレベルでしか相手を欲してないのである。

 

時として、後になって自分の本当の気持ちに気付いて泣いてる女も何人か目にしたけれど…。

何時も「今でしょ!」と自分のホントの気持ちを考え、大事にするしか後悔を防ぐ方法はないのだ。

 

自分の『ホントの気持ちを大事に大切に守れる人』が結局、自分を大切に出来る人なのである。

妙な餓鬼プライドでの勝ち負けの駆け引きしか演れない人は、自分の深奥にある『素晴らしい自分』とついぞ出会えずに一生を終える事になるんじゃね?

 

こんな筈じゃ…という後悔は、自分はどんな筈をどの様な方法で求めたのか?を真剣に内省して突き止めない限り自分のホントの心は解明出来ないのだ。

 

勿論、あなたがソレを求めるならばの話ですが。

過去からずっとあなたの思いを繋いで出来たのが今のあなたの状態、姿なのですから…ね。