ちゃんとした進化

世の中、ちゃんとした進化してたんだね?と目から鱗の気分になった。

 

少し前、『君の名は』『天気の子』の映画監督の新海誠とラドウィンプスの野田洋次郎の関わりをNHKがやっていた。

アニメの作品はおいといて、野田洋次郎の作品の歌詞を観てて「やられた!」と思った。

 

「今の若いもんは…」的なジジイ評論を弄んでる間に、ちゃんと進化した若い人達が現れ出でて「ソコに居た!」

そんな印象を受けた。

 

一見脆弱に見えて…強かに自分のピュアを死守している。

それでいて、現実の構図に君臨する権威や権力のイカンともし難い強さと頑迷さを熟知して、正面から見据えている。

決してそれに媚びを売ることなく、然りとてそれに対して直線的に蛮勇を奮ってしまう様な短絡的な愚かさはない。

 

彼等より上の年代は『大人になる』というエクスキューズによって、自分のピュアを現金化・矮小化するという変節に流れた。

自他に対する妥協の世界に自分を手懐(てなず)けた訳だ。

勿論、僕達の世代も含めて…。

 

野田洋次郎の歌詞を見ると、ピュアを手放すなんて気は更々ない。

ソコを死守しながら…それでも『NEXTの模索』を現実的に本気で思考しているのである。

 

音楽の世界故に、既存の権威や権力に邪魔され難い事も彼等に味方した要素かもね?

カネや組織などを必要としない『才能の割合が高い』業界だから。

 

良くも悪くも強硬な『私主義』の世代なんだと思った。

納得出来なきゃ従わないし、止めてしまう。

 

僕の、彼等の年代に対する目線は悪意に傾いていた。

モノにならない資質の年代。

保護され過ぎた脆弱過ぎる人達…といったものだ。

 

この国の頑迷な大人達が、何時までも世の中の運営の中心に居座り続け、無理解を武器に若い人達をがんじがらめに管理してる積もりでいたら…ラドウィンプスの『僕はこんな感じなんだ!』は国境を越えて『世界中のピュア達』の心を鷲掴みしてた。

そんな流れだったという事か?

 

やるじゃないの!ジャパンオノコ達。

 

間違いなく…カッケーなぁ!と感じ入った夜だった。