何故、アメリカは

何故、アメリカはあれだけ居丈高に北朝鮮、イランに核を持つなと迫れるのだろう?

 

これを普通の社会で演れば噴飯モノである。

お前!自分は良いのに他人は駄目ってか?

…となるは必定。

 

安っぽい正義を語りたい訳じゃなく、基本論に回帰しないともうハチャメチャになるんじゃね?と思うのである。

 

他人に対して自分は演っても良いが、やられたら烈火の如く怒る人ってのが多数派閥となって久しい…。

ウリは厚顔無恥の我田引水である。

 

ここでまたまた、安っぽい正義を語りたい訳じゃないとお断りしておいて…

この宇宙、一方方向に演りっぱなしって訳には行かないのである。

必ず作用には反作用がセットされている。

 

かつてヨーロッパで起きた殺戮を伴う革命なんてのは、収奪の限りを尽くした側へのされた側からの反作用である。

今現在、そんな事は起きないか?違った形での反作用もあるかもよ?って話だ。

 

カネで買える欲求は、マズローで言えば第三段階の社会的欲求の一部までが限界。

第一段階の生理的欲求(下世話に言えば、食う、寝る、ヤル)、第二段階の安心安全の欲求、そして社会的承認を欲しがる第三段階の順番だけだ。

 

カネ崇拝者は、承認し尊敬もするかも?だけど…形而上的な価値を主眼にする人達からの軽蔑を一身に受ける事になる。

時折目にする金権主義者の得意技は、ふんだんにカネを使って見せる。

何処やらの前沢さんてのが良い例である。

 

アメリカや中国が重宝がられるけれど尊敬はされない所以はここにある。

 

カネというものはある額を越えたら無理から目的化して使い道を作らないと見当たらないという状態となる。

ほんの一握り、そこで第四段階の親和の欲求、五段階の自己実現へと進める人はそれに気付く。

 

例としてビル・ゲイツのマラリア対策活動なんてのがある。

他者の為ならカネは無尽蔵に必要となる。

『哲学するカネ』の誕生だ。

旧くはカーネギーなんて人もいる。

 

前沢ナンチャラって人を見るのに…カネを使いあぐねて陳腐なお年玉なんてのを繰り返してるけれど、何処か苦しそうだ。

かつ、ご先祖様に顔見せられない様な無様を次々と演ってる。

…まるで何かに取り憑かれたかの様に。

 

彼は、稼いだカネにこき使われてる?のかも知れない。

第四段階の尊重尊敬の欲求獲得に第三段階獲得の人間的技術レベルでは到底叶わないのだろう。

 

巧みに合法的に演って稼いでも、カネに哲学させながら使うというのは…本人に気付きと学びの力がないと至難の技である。

ましてやカネだけで誉め称えすり寄ってくるのがわんさか居るなかで、敢えて他者の為?と気付けるのは『人間の上級者』しか居ない。

 

既に前沢ナンチャラ氏は寂しそうだし苦しそうだ。

お下品な『見せびらかし根性』を行使した反作用が彼に返却され始めている。

 

結局、生きてるのは人間ということなんだろうなぁ。

そんな人に黙って命令に忠実に動くのは自販機だけってのは哀しい。

 

カネさえあれば…と何度唱えた事だろう。

 

『カネはあるけど!人』達の行状を、生きた教訓にして『哲学するカネ』にチャレンジするために、頑張って先ずは稼がなきゃ…と哀しい結論を今日も得るのである。