ご立派族まとめ

ご立派族は性別、年齢を問わずこの国に幅広く生息している。

言わずもがな…この種族がこの国の圧倒的多数派である。

 

彼等は個体では活動しない。

二人以上の複数での言動を共にするのが特徴である。

 

彼等の精神は専ら外界に向けてのパフォーマンスに終止する。

個人的な内的な意味の追及に彼等のメンタルは耐えられないからに他ならない。

 

身に余る大きな正義とか見映えする綺麗な人間性などを標榜するから…それを支える精神的な強度が全く伴わないのである。

 

絶えず同調者を側に配置してからの観客向けの言動でないとからっきし意気地はない。

されど、周囲の観客に対して暗に同意を求める雰囲気作りには用意周到であり…どうもその辺りが彼等の肝なんだろうと思われる。

 

弱っていると見るや彼等は取り漬き屈服させる事に血道を上げる。

何かを抱えて悪戦苦闘してる人間は旗色悪い正規軍見たいに気を抜ける時空間は与えられない。

 

野盗の群れレベルのゲリラの様に…暇に任せてご立派族達は気紛れに思い付きでやって来る。

狙うのは相手の屈服と支配的立場だ。

 

勝手にご立派を演じてるだけなら罪はないのだが、一生懸命生きてないコンプレックスが彼等をサディスティックな攻撃へと向かわせるから質(たち)が悪い。

 

本気で真面目を演ってる人間や、他人と違う目標と四苦八苦で戦っている人間は彼等に取っては目障り極まりない対象である。

理由?…それは彼等が端から諦めてる生き方を見せ付けられるから、だ。

嫉妬と羨望と僻みで出来ている彼等のメンタルはそれ故に、何時も生け贄を必要とする潜在需要に鵜の目鷹の目となって弱者を求めている…。

 

「 本当は自分は違うんです!」等とご立派族の群れを抜け出てエクスキューズを漏らしにやって来る人もいる。

僕は村上春樹の小説の男見たいに「分かるよ…」とだけ適当に応えておく。

 

自分の決意表明にギャラリーを必要とする点においてその決意は紛い物だから。

そのままではその人はご立派族の亜種にすぎない。

 

自分の決意は自分に宣言すれば良い。

決意を固めるのに自分以外の人間は必要ないのだ。

 

独りきりは怖いし心許ないし不安だ。

 

だからこそその恐怖を越えて自分の心に刻む決意には価値がある。

その決意はやがて下手な非難とか中傷を越えて進ませる原動力に育っていく。

 

昔さながらの『ご立派な主張』の虜になって久しい野党の方々…その無力を知り尽くしている自民党の生かさず殺さずの術。

この調和の図式が国中の大小、上下の組織の全てにDNAとなって貼り付いている。

 

それを理由に『僕も私も…』と右へ倣えとなるのか、『僕は私は…』という固有名詞付きの地図を頼りに旅を開始するのか?

 

それは『あなた自身一人きりの決意』が決める、あなただけの専権事項なのである。