うろ覚えで

うろ覚えで申し訳ないのだけれど…太宰治の『斜陽』の中で、お母様は普通のマナーとは外れた所作で食事をする。
肉などはパッパッと切り分けてフォークに刺して無造作に口に運ぶし、時には人差し指と親指でヒョイと摘まんで…云々。

 

確か母親の言葉としてか?彼の分析なのか?は忘れたが、ナイフとフォークを流麗に操るのが上品なのではない!

肉のはし切れをヒョイと手で掴んで食べるときに『上品さは問われる』のだ、という一節があった。

歴代のアメリカ大統領が、国賓として招かれ和食を食べるときに…とんでもないお箸の使い方をする。

しかしこれを咎める者などいない。

自分の不調法を笑いに変えながら相手に対する気配りを含めて彼等の所作は下品ではなかった。

斜陽のお母様はマナーに縛られる事なく、ぞんざいな振る舞いの中に上品さを漂わせる『本当の上品さ』を身に付けている。

この一文はとても示唆に富んでいる。

権威主義者に多い勘違いを笑い飛ばしている点にとても興味を引かれたのだった。
マナーにこき使われてる人、ウンチクにがんじがらめにされてる人、自分の出自を少しでも高級にしようと様々の見栄を糊塗(こと)することに躍起になってる人etc…。

そんな人達は一様に下品である。

そしてとても人を哀しくさせるのだ。
そんな見栄の物差しなんぞで人を計る事などしない眼前の人をとても侮辱している事にも彼等は気付けない。

アメリカ大統領でも世界中の様々な食事のマナーなんぞ覚え切れない。
だからこそ人品が必要だ。

 

不細工な所作のマナーをしてカッコ良いと思わせる人品がこのお母様にはあったんだろうなぁ…と思いながらこの小説を読んだ記憶がある。

残念ながらこの一節以外は全て忘却の彼方にスッ飛んでいったから作品自体は余り良いとは思わなかったんだろうけど。

僕の店ではスペアリブを手掴みで食す事を予め推奨している。

勿論ナイフとフォークは出した上で…。

とても上品な中年のカップルが食事の後、『成る程!美味しかった』『心おきなくスペアリブを堪能出来ました』と言ってくれた。

当然の事だが彼等のテーブルには絶えず上品さが漂っていた。

お互いの所作の『お下品さ』を笑い合いながらも彼等はずっと上品な雰囲気を醸し出していたのだった。

 

マナーの型にはまり、稚拙なナイフとフォーク使いに悪戦苦闘してる人を見るとき僕は思う。

今夜貴女に取って大切なのは、ナイフとフォークを上手に使いこなして見せる事じゃない!
貴女が目一杯料理も空間もお相手の人も、貴女自身も、この時空間全てを堪能し尽くす事ですよ…と。