意味あるセレモニーも必ず劣化する…

当たり前の話だけど、時代と共にあった様々のセレモニーは形骸化し、その精神文化的な意味、意義を失い捨て去られていく。

 

婚礼家具、結婚式の宴、結納、そして忘年会だの新年会だのという儀式の廃れ様だ。

 

価値観とか生活様式とかの変遷によって形骸化、形式化した儀式は捨て去られていく。
そのセレモニーのお陰でうんと楽して稼げていた様々の業界は…こぼす事しきりだけど。
それぞれのお客様の新たな価値観に添い遂げられる、提案を構築するしかない。

 

その人の思いの『印象焼き付け産業?』とでもいう空間、メニュー、仕掛けエトセトラ…。
さてさて『その人のその日』をどうやって特別化して差し上げようか?
それがこれからへ向けての商品化となる。

ま、結局のところこれからを生きる人達が『何を求めているか?』に対するプレゼンテーションの力が問われる時代となっている。

かつての自分の感性の城に閉じ籠もって自分の間尺に合わなきゃスルー!だの、目を血走らせて批判するだの。
それは自分の感性劣化の症状と知るべし!!