体験の大量高速消費

体験の高速消費時代だと思う。

 

人より違った自分だけの特別感をプレゼンすることに躍起?になってるのがありありと伝わってくる。

 

でもね…と皮肉れモンの僕は思うのです。

その店やスポットやアイテムを見付けるのもまた、誰かがアップした其処らに溢れてるSNSからチョイスするというのは矛盾じゃね?…と。

 

時間は命!

誰かが大上段に構えて力説してたけど…時間掛けての折角の食事、小旅行、見付けたアイテム…そんな体験は全て「皆さん私ってどうよ!」の作品作りに神経を費やし、シャッター押した時点で興味は次に、そしてまた次に、次々に…って移ろい漂って行くばかり。

 

家に帰れば既に、折角の体験の記憶は曖昧模糊として心の画面には霞み滲んだボンヤリした記憶しか映せないほど劣化している。

 

次は何処?次は何?と次々と一期一会の命の場面が乱雑に乱暴に扱われて消費されて行く。

 

最近になって僕の店に馴染みとして居着いてくれる様になったお客様達で、携帯撮影する人は全く居ない。

アンケートには『落ち着けた』、『居心地が良かった』、『落ち着いた時間を有り難うございます』何てのもあり、目指して来た時空間の演出が上手く表現出来始めたんじゃね?等と僕は喜んでいる。

 

皮肉でも嫌味でもなく、僕はインスタグラムの写真に「それで?」と声に出して聞いて見る。

すると、それ?聞いちゃいます?…ダメでしょ!…もっとシャラッて流してくれなくちゃ!…ついでにイイね!ってしてくれたらそれで良いのですよ!…そんな声が聞こえてくる。

 

こりゃまるで…イケてないお方とお見合いしてる様なもんじゃね?

見るべきモノも聞くべきモノもなく、手続き的セレモニーばかりのやり取りで延々時間ばかりが過ぎ去っていく。

 

インスタで映える事が重要だと?それは、渋々ですが解りました。

しかし、ね…僕は聞きたいのです。

その作品とその為の一連の行為は、あなた自身の心に映えているのですか?