イムジン川を聴く

ふとした事でフォーククルセイダースの『イムジン川』を聴いた。

 

今は亡き はしだのりひこ、加藤和彦…様々なバージョンで唄われていた。

その中に、坂崎幸之助と加藤和彦が朝鮮学校の少年少女達と唄っているのがあった。

 

一番と二番は二人だけで、三番に入ると少年少女達がハングルで唄う。

二人もハングルで一緒に唄う。

そして最後に全員で、日本語でコーラスして終わる。

 

日頃、『音楽の力』なんぞ少々小バカにしてたけれど…少年少女達のハングルでの歌が始まると…何やら何やら…厳粛な気持ちになっていった。

 

最後の日本語でのコーラスまで進むと、僕は完全にヤラレタのだった。

人に無理強いするイサカイはやっぱ駄目なんだよね?…とそんな気持ちにさせられていた。

 

一緒に唄った位で氷解する訳もない…様々の計算や怨念や国益とかが現実には絡み合っていて、一朝一夕に歩み寄りとはいかない。

むしろ、半永久的に解決は無理なんじゃね?位の縺れ方をしている。

 

ヘイトな気持ちに流れそうな時は、この少年少女達のコーラスを思い出そう!…と思った。

それぞれにオメカシして貰った少年少女達と家族の、その日の朝の興奮が見える様な気がした。

 

彼等、彼女達の目に理不尽な涙を浮かべさせてはいけないのだ!…そんな気持ちが沸き上がったのは『音楽の力』とやらのせいだろうか?

 

ここの所、コリアに対して冷淡でヘイトに近い気持ちに流れていたけれど…。

『それはそれ』として、この少年少女達の世界とはハッキリと線を引いておかなくちゃ!

そんな強い義務感を感じたのだった。

 

変な話だけど、彼の国とモメルなら正々堂々と正面から喧嘩しようと思った。
勿論、守るべきモラルは守った上で…。

 

『イムジン川』は、まごうことなき名曲なんだなと今更ながらそう感じたのだった。