不寛容の

不寛容の世相についての記事を何処かで読んだ。
自分の思考に合わない考えは、即座に否定する傾向がとても強くなっているらしい。

 

自分が直接被害など受けないのに過剰に反応して赤の他人をバッシングする。

その一つとして他人の不倫を取り上げていた。

 

転じて、ラブホテル、飲食業等の不倫産業が年間に生み出すGDPは、直接、間接的な経済効果合わせて5兆5千億円。

我が国全体の総生産の一%に当たる…と。

 

一概に不倫イコール悪と責められないでしょ?の論理展開にはチョイ無理があると思ったけれど。

しかし、一理も二理もあるかな…と。

 

物事の一面だけを切り取って結論付けてバッシングに入る…という行為は余りに幼児的なアプローチだよなぁと常々感じていた。

アメリカ人がよくやる「喫煙は悪魔の行為だ!、デブは無能な人だ!」的な幼稚な論理展開に、無軌道にワァーと走る展開。

これに追随してるかの様な最近の我が国の世相。

…浅はかだよなぁと思う。

 

じゃあ実際どうすんのよ?となれば、そのコラムは『客観的立場に立って物事を考察すること』が肝要だと。

それが出来なくなった人達が増えてんでしょうが!と一人突っ込みで哀しくなった。

 

どうするか?…どうにもならない!が実際の所、正解なのである。

 

戦争前夜の非国民バッシングも、それで突っ走って敗戦という痛い目に遭うしか治療法が無かった様に、この不寛容社会も生き辛さの極致まで演って貰うしかないやね…と思う。

 

軽挙妄動の極みの様な、他人に対しての不寛容。

自分に対しては『何とかしてくれ!』と直ぐ泣きが入る依存症的な態度。

そんな人にする説教も出来る教育もない。

 

その軽い生き方の起承転結全てを味わって『自分で気付いて貰う』しか手立てはない。

自衛策としては、そんな人達に対して『ひたすら目に触れない』様に生きる事である。

 

しかし、そんな態度こそ目を引いてしまうというジレンマ。

ならば現実的な有効策は?といえば、バッシングを甘んじて引き受けそれが『とても堪えて負けた振り』をしながらペロッと舌一つ…そんな強かさしか無いんじゃね?

金持ち、文化持ちケンカせず!って気取ったって、のべつまくなし誰彼構わず「気に食わん!」と噛み付き回す人達だから、否応なしに火の粉は降って来る。

 

ならば「熱いよう!」と萎れて見せる見事な負けっプリ演出こそが最良の策なのだ。

 

この人直ぐ噛み付きます!『猛人注意!』

そんな貼り紙は無いから、相手の『文化程度を嗅ぎ取る能力』だけが頼りの世の中、と心得るべし!