ディズニーは

ディズニーは何故、面白くなくなったのか?

 

昔しむかしこの国では、ディズニーアニメが金曜日の八時からプロレス中継と隔週で代わる代わる放映されていた。

ウォルト・ディズニーが番組の冒頭で挨拶とその日の放送について解説をする。

 

冒険の国のモノトーンの放送は僕を何時もワクワクさせた。

そのワクワクドキドキの殆どは…僕の想像力で出来ていた。

 

なにぶんにも遠い遠いアメリカの事。

情報不足は想像力でカヴァーする以外手はなかった。

ウィリアム・テルやロビンフッドの冒険…シャーウッドの森のアジトの雰囲気なんかは僕の想像力が発揮され、ドラマ以上の仕上がりになってストーリーを感じる事が出来たのだった。

 

時代と共に、アメリカもディズニーもドンドン身近になり、今ではミッキーを見ない日はないといった風情でその情報を日々浴び続けてる。

 

細部に至るまでビジュアル化されたアイスショー等の告知が繰り返され、公演が始まる頃には既に全部を観たかのような錯覚さえしてしまう。

 

浴びせられる情報は、想像力が発揮される余地を奪いさり…リアルに観たとき以上の『ワクワクドキドキ』をくれる事はなくなってしまった。

 

今のこの国の『与え過ぎる教育』と同じ様に、垂れ流され溢れ返る情報が未然に僕達の想像力を刈り取ってしまうのである。

小説にせよ映画にせよ、今では『情報による先入観』を持たずして作品を初体験する事は至難の技となった。

ワクワクドキドキには予断と疑似体験は天敵なのだ。

今や広告という『情報様』はネットを支える屋台骨となってしまった。

しかし、ことサービス業に於いては『前情報』は味わいという点に於いてマイナスにしか働かないと思う。

 

どんな育ちのどんな感性の持ち主が書いたのかも分からないグルメサイトの『口コミ情報』とやらによって、その空間やメニューを予め『先入観の枠にハメ』てから味わうのが『新時代の常識』になってしまってる感アリ…。

 

僕はここら辺で「詰まらん!」の一言を以て『風評文化』とも言える情報騒ぎという狂想的な風潮を正面から一刀両断にして断罪しておきたい、と思うのだ。