恋と鉄パイプとナポリタン(8)

期間限定のヒッピー達

 

あれだけ大学を破壊した全共闘世代の人間達の殆どは、ゲバ棒を捨て去り、見事な迄に変節し、天敵だった筈の資本主義社会の企業に潜り込んだ。

 

僕達世代はそれをシラケた目で追い掛けた。

然りとて僕達の大学生活の基本は彼等から受け継いだものだった。

長髪、ギター、合コンに合ハイなんてのも残ってた。

 

しかし僕達はその自由擬きが大学の四年生迄の期間限定の自由だと知っていた。

出征から長期休暇を与えられた兵士の様に…束の間の自由を貪る様に過ごした。

 

ユーミンの『イチゴ白書をもう一度』は実にシリアスに僕達に聞こえた。

飾り就職が決まって 髪を切って来た時…もう若くないさと…君に言い訳にしたね…飾り
ユーミン『イチゴ白書をもう一度』の一節

 

映画『イチゴ白書』はアメリカの学生運動の挫折を描いていた。

ノイジーな『サークルゲーム』が挿入されていた。

 

心の何処かで全共闘世代を揶揄する様な感覚と、どうしようもない劣等感を共存させていた僕達。

とても酷い中途半端を囲っていたのだった。

 

そのシラケのポーズ は僕達世代の武器でありウィークポイントでもあった。

メンタルが新人類に近い奴と、全共闘世代に近い奴とが混在していた。

 

井上陽水の『夢の中へ』のごとく…探し物、それより女の子と踊ろうとする年代だった。

飾り這いつくばって這いつくばって一体何を探しているのか?…それより僕と踊りませんか?…踊りましょう!踊りましょう!夢の中へ夢の中へサァ~飾り
井上陽水 『夢の中へ』 の一節

 

ウダウダ面倒臭せぇ理念や何より、取り敢えず楽しんで行こうぜ~ってな軽さ。

その実、その自分の軽さに怯えてもいる。

ま、定まらない情けないメンタリティーの人間達だった。

 

幼児化現象なんて偉そうに何時か書いたけど、今のそのデタラメな要素の全ては僕達の世代が仕込んだモノなんである。

 

だから…腰据えて若い奴を叱れないのかもね?