恋と鉄パイプとナポリタン(4)

最後の数百歩

 

深夜の二時に高野悦子さんが、線路づたいに雨の中をあてどなく歩く姿を想像すれば…胸が痛む。

 

カバンは横たわった地点より前に捨てられていたのか? 彼女が置いたのか?は分からない。

高野という名が入った万年筆もその地点で発見された。

二十歳の原点を書き連ねたであろう万年筆。

其が彼女の身元を特定する決め手になったという。

 

栃木県を後にしてたった二年と二ヶ月。

この間に心身に起こった様々の出来事を受け取り収め切れずに…彼女は逝ってしまった訳だけど。

 

青春期の男女間で起こる事は、受け手によっては酷く残酷だったり冷酷だったりもする。

学生運動も期待した流れにはならず、時を重ねて男からも拒絶された。

 

『私を信じられずして闘争が出来ようか?』と彼女は弱い自分を詰問している。

強く在ろうとしても全くの準備不足のひ弱な自分を嫌悪している。

 

時代と時の意地の悪い巡りを一身にうけるかの様に…彼女は早すぎる絶望に救いを求めたんだろう…と僕は想像する。

 

命にタラレバなんてない。

解っている。

 

それでも彼女がほんの少しでも狡ければと、もう少し弱くて倒れていてくれたら…とそんな事を痛切に思ってしまうのである。

 

男を好きになり、その男の精液を全身に塗りたくる…そんな性への健康的な渇望もあり、彼女はちゃんと男を好きになり恋もしたのだ、と僕は…想いに折り合いをつけるしかない。

 

若過ぎる。

生き急ぐ人はなんでこうもピュアなのだろう。

ピュア故に生き急ぐのか?
尾崎にしても高野悦子さんにしても一体、何と闘ったのか?

 

その相手が自分の思いだったから…闘いを終える事が出来なかったのに違いない。