恋と鉄パイプとナポリタン

恋と鉄パイプとナポリタンシリーズ

 

歴史上この日本が国民全体に夢と希望を供給出来た時代…1960~1970年代にトリップして『あの熱き想い』はなんだったのか?…振り返って見たいと思った。      

 

『恋と鉄パイプとナポリタン』と称して過去に書いた十編を連続して掲載したいと思う。

 

 

一、シアンクレールの壁

僕は…京都にあったというシアンクレールという喫茶店をリアルタイムで知らない。

 

星野玲子さんという人がやっていたジャズ喫茶。正式にはシァンクレール…フランス語で明るい田舎って意味だという。

『思案(に)暮れる』とはたまたま語呂があったのだとか。

 

マイルスデイビスやソニーロリンズ等と交友があり、来日したら店にやって来ていたという。

1950年代に今でも様々な小説に登場するマイルスデイビスと親しい?

シアンクレールを考証する内に知った星野玲子さんという傑物にも興味惹かれたのだった。

 

高野悦子…立命館大学在学中に学生運動に傾倒。鉄道自殺で若い生涯を閉じた。

僕は、兄の書棚から『二十歳の原点』という本を盗み読みして彼女を知った。

 

今になっても尚、脳裏に特別の情景を持って残る彼女や奥浩平等の学生運動華やかりし時代の…『微熱を帯びた様な殺気と希望と挫折』が同居してる空気感に惹き付けられるのかも知れない。

 

シアンクレールは彼女が7歳…1956年にオープンした計算になる。

70年代のジャズ喫茶を経験した人がジャズやジャズ喫茶には独特の毒があった、と語っている。

嫌でもストイックに内省的にさせる毒…という表現をしていた。

 

彼女の本を読むとそのストイックな内省というのがはっきりと読み取れた。

それが、僕が強く惹き付けられた原因かもな?…と感じる。

 

今思えば、あの時代の『お兄さん達お姉さん達』はどうしてあんなに熱を以て考え、自分を追い詰め、熱を以て行動したのだろうか?