本当に?

本当にそうですか?…とふと思った。

 

高齢者の危険運転行為が槍玉に上がっている。

成る程、死亡事故全体に対して高齢者が高い確率を示しているというのは『一部事実』である。

しかし、これと同様に高い確率で死亡事故を起こしてる二十代に対しては免許返納なんて誰も言わない。

『高い確率の死亡事故』を理由にするなら二十代に対しても同じ圧力が掛かっても然るべきだと思うけど…。

 

また、『引きこもり危険説』も本当にその属性にある人が危険なのですか?

科学的根拠って有りますか?と問えば、むしろ犯罪発生率は『引きこもりの人は低い』という資料もあるという。

 

何かのショッキングな事象…それ『一つを語ってその全体を決め付ける』このやり方は危険極まりないんじゃね?と思う。

『安っぽい犯人探し』は情動に流されやすい人達に『共通の罪』だ。

 

都合の良い所だけを引っ張り出して庶民を『誘導する資料作り』は高級官僚達の伝統的手法だけど…最近では資料そのものを都合良く捏造する時代だから…喧伝される説の鵜呑みはとても危うい。

 

この様な無思考で『短絡的なレッテル貼り』は社会の許容限度というモノをどんどん狭めて行くばかりだ。

 

人は誰でも『功罪相半ばする存在』だと知っておく事だ。

いや、むしろ相半ばならば聖人君子の領域。
大抵の場合は大部分が悪徳でありほんの一部、時折思い出したように善を行うのが人間である…と。

 

自己評価が空手形の様に根拠と中身なく高い人は無思考による決め付け、レッテル貼りをする。

『分からない』という状態は単純に不快だから。

 

結論は人を安心させてしまう。

本当は『分からない所』に今までに無い、『ホントの解決策』が隠されているんだけど…。