またまたまた...

またまたまた…中学生の自殺を『不慮の事故扱い』で処理した学校側が遺族の反感を買っている。

 

今回はイジメじゃなくクラブ顧問の『行き過ぎた指導』らしい。

『遺族の心情を思い』『適切に処理した』という学校側の主張。

ズレ過ぎである。

心情的に許せないとして第三者委員会の設置を求めてる遺族の記者会見の後に…。

何を言ってるの?それ保身になってる?

 

『凡庸な善人の醜悪さ』ここに極まれり!

 

規則とルールが大好きな筈の学校関係者。

さあ、人としてのルールと規則の実践が問われますよ!という現実を前にして、判で押した様な醜態を晒すのである。

 

事件当事者の『自負と責任』を問われるシーンで決まって演じられる敵前逃亡の図だ。

彼等が得意とするルールと規則の日常の実践って??一体何演ってるのだろう?

 

『命の尊重と保守』という、人に一番要求される大基本の問題に於いて彼等が演じる茶番劇を見るにつけ…ふんぞり返ってる彼等の日常の安っぽさ、非人間的正体が浮き彫りとなる。

 

『教育的見地』から最重要な命の問題となれば彼等が必ずや見せる『無かった事にする姿勢』…それが凡庸なる善人の残酷性を証明するのである。

 

人間的な恥、それを知らなきゃ何でも出来る。

その口はどうとでも喋る事が出来る。

 

それだけ突き放し、高慢な態度で木で鼻をくくる様な声明を出しておきながら…早ければ1、2週間、遅くとも数ヶ月後には、彼等はガン首揃えて「この度は…申し訳ありませんでした!」とお辞儀の儀式を行うだろうと予言しておく。

 

謝って済む話じゃない命の問題。

 

『謝らなきゃ始まらない』中学生の命を喪失させた原因究明とその責任問題。

一丁目一番地『謝罪する』を散々避けて時間と遺族の心情を失わせる暴挙の茶番劇が今、また始まった。

 

公務員という安定を約束する『制度のレール』に乗って、一切の思考を断ち、凡庸と思い上がりに磨きをかけた彼等の振る舞いは既に、悪魔の領域に踏み込んでいる。

 

この凡庸の悪魔達の狂態…。

 

パンすら食べられない庶民の実態を話して諌めた人間に『パンが食べられないならケーキにすれば良いのに。』と応じたマリー・アントワネットレベルに…人心を忘れたか?知らぬのか?恐るべき凡庸の罪…。

 

この現代に於いて彼等はそれをシャラっと演じてくれている。

教育のプロの現場は今や『反面教師の群れ』と化したのだろう…。