精神的な

精神的な特殊な犯罪を除いて、大抵の犯罪は経済的な事由か男女の痴情の縺れを原因とするものが圧倒的に多い…。

 

平穏な状況ではモラルというものを維持するのは簡単に出来る。

『貧すれば貪す』という様に、人間のモラルが試されるのは貧したり、窮したりした時だ。

そこにその人の『モラルの力』の真価が問われ、その時に発揮される力こそその人の人間的実力なのである。

 

日常に於いて人は『実力以上の善人』を気取る事が出来る。

 

「同情するならカネをくれ!」と昔のドラマ『家なき子』で安達祐実が叫んでたっけ。

日常の善人のモラル表現は、その殆どが『リップサービス』で事足りるからである。

 

可愛そうに…辛いでしょう?頑張ってね…その様な口で表現される善意(?)に対する強烈なアンチテーゼとして、あなたがそんなイイ人ならカネの一つでも出して見せろ!と偽善を暴いて見せたのだ。

それは日頃『当たり前としている日常の偽善』をアカラサマに突く台詞だった。

 

リップサービスを吐いて、相手を思いやる風であるが実の所…窮した人を題材にして『自分のイイ人アピール』に悦に入っているだけという『善意』が日常に溢れている。

 

『戦争と平和』の中で、飢えている捕虜 が主人公の貴族に芋を分け与える印象的なシーンがある。

分け与えた人は死に、生還出来た貴族は自宅に戻り豪華な食卓の中から芋をチョイスして頬張りそして涙を流す。

 

その体験が彼のその後を大きく変えていく。

 

空腹の極致にあって人に分け与えられるか?

そこに最高の『モラルの実践』が描かれている。

主義の良し悪しは別にして、彼は搾取じゃなく農民達と共に働き分け合う生き方をチョイスするのである。

 

ピンチはその人の勇気とモラルを問う。

チャンスはその人の貪欲さを表現してしまう。

 

状況に流されない、不動の自分のモラリティは中々身に付かないなぁ…とため息一つ。

さて、出掛けますか?