ピュアっていうのは

ピュアってのは分かっている積もりだけど…具体的に考えていくと分からなくなる。

 

まだ若い時期にある男に惚れた女が居るとする。

その女が相手の男に一生添い遂げましたとさ…の場合、この女の愛はピュアなのだろうか?

 

一方ある男に惚れた女が…数年後にもっと魅力的な男に出会い『自分の気持ちに純粋に反応』して新しい男に靡きましたとさ…の場合、この女の愛はピュアと言えるのだろうか?

 

前者の女をピュアと捉えるのが一般的なのかな?

 

しかしこの女は『心の中で一杯浮気を繰り返した』けれど、トラブルや人の目が怖かったから実行には移せなかった…となれば、この女は単に計算高く臆病だっただけでその男への愛はピュアとは言えないんじゃね?…となる。

 

後者の女は迷わず『自分の思いを実践』したから尻軽女、淫乱、多情な女…などと散々の言われ様。
しかし自分の『思いに正直に反応する』という点においてはピュアと言えなくもない。

 

少々回りくどくなってしまった…。

 

日頃、表面的な『見え方』を以て観念的に断を下してる僕達だけど、『事の本質』を尽く見誤っているんじゃないか?と何度かの嫌な経験を切っ掛けに感じる様になった。

 

その見誤りの中で『最悪の勘違い』は『あの人はイイ人だ』という判断だ。

 

僕自身、結構波乱万丈に生きてきて「こりゃもう駄目かも」なんて事は様々あった。

そんな時、人の不幸は蜜の味!とばかりに必ずシャーデンフロイデ(ドイツ語)のブリザードを浴びたものだった。
そして、その時必ず強烈な『手のひら返し』を繰り出して来たのは『イイ人とされる人達』だったのである。

 

事情なんて何も知らないし、当人達に何ら迷惑もかけてないのに、昨日迄のニコニコ顔が一変し…犯罪者でも見る様な彼等の険しい視線に遭遇し、随分と面食らったものだった。

 

そんな人達の『悪意に満ちた表情』ほど怖いものは無い。

 

根拠が僕の不幸だから尚の事、訳解んねぇ…だった。

同情の一つでもしてくれるだろうか、なんて目出度い事を期待してたから余計に堪えたのだった。

 

悲しい事に、そんな経験によって『イイ人とされる人達』の仮面の下が透視出来る様になってしまった。

おかげで『善人達の無邪気な悪意』による酷い目は回避出来る様になったけれど、人の本性が日常的に見えてしまう為に、息が詰まる場面が圧倒的に増えたのだった。

 

イイ人というのは大半が『自己都合によるイイ人』だったけど、付和雷同せず首尾一貫変わらぬ態度で接してくれる本物のイイ人もいた。

そんな人は殊更に普段はイイ人振らないのが特徴だった。

 

人の波に流されずして…イイ人たらんとするのは難しい。

 

多数派の人の反応に『付き合いがイイ人』ってのが、日常言われるイイ人だ。

往々にしてこのタイプの人って、イジメのコンセンサス形成にも付き合いがとてもイイ人なのである…。

 

単に、『多数派の風』に勘がイイ人達が「人を見る目」とか「人として…」なんて台詞を吐いてるのを聞く時、何より先ずは『自分を見る目』と『自分に問う口と耳』を持てよ!…なんて思ってしまう。

 

大抵、一般的にイイ人とされる人は、他人の事に忙しく耳目を使ってる人が多く…自分のチェックをお留守にしている。

 

本物のイイ人は、どんな時もその態度を変えない。

イイ人の類似品にはくれぐれもご注意下さいな。