ものすごく

ものすごく…キレられた!

 

とある若い女の、とある職場での、とある一場面なんだろう。
えーっ?ソレ災難じゃ~んとツレの男。

 

これを俯瞰して客観的場面説明すれば、彼女は職場でトンでもない間違いを犯してエライ叱責されたって事である。

 

しかし当人の感覚には、その状況からプロセスに関わった自分や原因となった自分のミステイクはスコーンと欠落してしまってる。

これって年代的なモノか?育ちの仕業か?それともこの女が相当なおバカなのか?そこは定かではない。

 

ハッキリしてるのはこの若い女は仕事現場に於て『当事者能力』の欠如が著しく進んでいることだ。

 

今更ながらの経営学だけど…アメリカ経営学の人間観のモデルの完成品?といった感がある。

1)  人間は出来る限り責任を回避したがる。
2)  人間が働く主たる 動機はカネである。
3)  人間は出来る限りサボろうとする。

この三つがアメリカ経営学の人間観だけど…

見事にそれを体現する労働者達が登場している事の証左だと思う。

 

ドイツ経営学では全くこれと逆の人間観を以て管理しようとする。

確か昔、大学ではドイツ経営学が今後中心となっていくと習った。

その時に未来だった今現在では、皮肉な真逆の結果となっている。

 

何か注意して教え様にも教えられない。

就業中に学ぶ事は、定められた物理的労働以外の『余計に付加された面倒』として彼等彼女等には『不当な時間搾取』としか受け取れない皮膚感覚なのだと思う。

ま、余計なお世話って事になる。
カネが一緒なら面倒は出来るだけ少ない方が良いに決まってると彼等は考える。

 

そのチャッカリドライな彼等彼女等は、怒られたら相手に『キレられた』のであり、自分が『キレさせた』訳でなく、逆に自分が怒った場合は相手によって『キレさせられた自分』しか居ないのだ。

 

何れにしても自分はソコに居合わせただけであり、事の原因も主体もスッポリ全部相手になるのである。

まぁ、確かにその価値観で生きれば面倒も、悩みも、ストレスも激減させる事が出来るのは間違いない。

だからアフター5での飲み会なんてのはもっての他であり、マッピラご免となるのは彼等から見れば至極当然なのだ。

 

生き方としてどちらが良いとか悪いとかは無いでしょう。
良くも悪くも…この国はそんな状況って事だけである。

 

うちで店長が「他人との摩擦を怖がらず、自分の意思をもってやりなさい。言うべき事は言う。目標持って生きなさい。」と言うと、アルバイト君は「ソレって『誰彼なく文句を付けて喧嘩しろ!』って事ですか!?」…聞いてて思わず…笑うしか無かったのであります。