今…

今…古いブログをそっと読み返すと数々のイタイ場面が思い浮かぶ。
怒ってもしょうがない事が、それでも怒るしかなかった事が…。
文面にそんな理不尽達が一杯ひしめき合っている。

出る杭は打たれる。

しかし出過ぎた杭は打たれない…とばかりに意気がって息巻いて。
スッカリ過剰防衛にもなり、スッカリ、チャッカリ現実主義者にもなった。

一番怖いのは…男の嫉妬。

一番可愛いのは…女の嫉妬だ、と誰かが言ってたっけ?
誰もが自分と同じ様には感じない。考えない。
そんな当たり前を何時も事後確認していくという何ともマヌケな運びだった気がする。

『懲りない』を通り過ぎて、ここまで演ればそれこそが自分自身だろう?と妙に納得した気分になる。
面白い事に、小回り立ち回りが上手かった人達がここに来て変な事になってたりして。

あながち俺は間違ってばかりじゃなかったのかも知んないね?
 
世の中は不公平だけど、天は見事なまでに公平平等に人を運ぶモノだ。
良識を無視して小器用に世の中を渡っても、天は運びの何処かにその人の罪を暴くトラップを紛れ込ませている。

そんな人は上手の手から水が漏れる様に小賢しい浅知恵故にそのトラップが見えないんだろう。

あんな奴は地獄に堕ちれば良いのに!なんて不穏当な事を考えた事もあった。
しかし実際、そうなればこっちも何やら不幸な気分になる事も知った。
結局、自分が幸せに向かって漕ぎ続ける事だけが正解の道なんだろうなぁ?
 
結構味わい深い時を過ごしてる。

知らず知らず人の事が奥まで見える様になったけど、決して良いことじゃない。
見えない方が、知らない方がうんと人生楽しく過ごせる事もある。

人の悪事を見破るのも中々大変だったけど…見え透いていて見えてしまう人の悪事を『暴かないでおく』事は、その何倍も難しい事を知ったのだった。
自分の為に履行する守秘義務って事だけど。
知らぬが仏の時代は無邪気で無責任に楽しかったと今、思うようになった。