アフガンの犬

たまにSNSを覗くと…『美談らしいモノ』が掲載されている。

 

アフガンでアメリカ兵士が野良犬三匹に食べ物を与えていて、その犬達はとても彼になついていた。

自爆テロがあった時、犬たちは兵士に危険を教え果敢に立ち向かって行き、うち一匹が死んだ。

 

アメリカに帰った兵士は、退役軍人の組織に訴えかけて二匹の犬をアメリカに運んでもらった。

その費用は二百三十万円余り。

組織が寄付を募って実現したのだった。

 

『感動の再開シーン』とかも美文と共に紹介されていた。

一方から眺めた風景はその様にも映るだろう。

それを一概に批判はしないけれど…。

 

その兵士はアフガンに何をする為に派遣されていたのか?

その彼に自爆テロを仕掛けるアフガンの若者が持つ動機、感情は?

 

その兵士の属するアメリカ軍隊による『誤爆とか誤射』の一言で説明される行為によって、殺された民間人の子供や女達の家族の悲しみは如何程なのか?

そこの所の事情は、その美談から見事にカットされているのだ。

 

周辺の事情の殆どがカットされた『美談』に恐ろしい数のイイね…。

先進国といわれる国々の人間のお目出度い感覚の一端を見た様な気がした。

 

アメリカ退役軍人の為のその組織が、自分達が怪我をさせたり孤児にしてしまったアフガンの少年少女を治療の為にアメリカに運んだ話は聞かない。

 

僕も犬大好き人間

こんな話にはついつい見入ってしまう。

 

一つの話にはもっと大きなその周辺の事情が潜んでいるし、手放しで喜ぶわけには行かない悲惨な状況だってある。

 

良くも悪くも…『編集というモノ』は大きな効果を作るものだ。

何処を何れだけの範囲でモノゴトを見ているか?

…それはその人の人間力次第なのである。