昔…

昔、ある自営業者が僕に言った事があった。

「アイツ等はバルタン星人なんだよ!」と。

 

俺やアンタはウルトラマンなんだ。

だから何がどうしたの理屈抜きに、どんな局面に於いても身体を張って魂張って守らなきゃ仕方ないんだ。

 

アイツ等というのは、お気楽な立場で人のアレコレばかりを評論しては無責任な噂を流し引っ掻き回してる連中だった。

 

ウルトラマン氏は言うのだった。

 

バルタン星人はスペシャルゲストで一回こっきりの出演であり、継続的な責任なんてない。

ひたすら破壊して破壊して混乱させれば良いのだ。

俺達は何時も責任を問われてる。

相手がどんな卑怯な手口でもこっちがそれに負けたらシリーズは終わってしまうのだと。

 

時を経て今、中々の名言だなと思う様になった。

傍観者、部外者の立場がバルタン星人で、事の当事者、責任者がウルトラマンという事だろう。

 

何かの必要が生じて、対応策が求められる。

起案するのは必ず責任者側の人間だ。

それに対して対案一つ示さず、やおらそれに批判、反対の立場だけを取る傍観者、部外者の立場を貫くのがバルタン星人君。

 

傍観者は誰に言われた訳でもなく、必ず傍観者を当たり前にして参加してくる。

事の結果は自分にも及ぶのに…だ。

例え事の当事者であろうともバルタン星人君は必ず傍観者であり、初めから部外者かの様に振る舞い続ける。

 

昨日、スタッフ達とそんな話になった。

心ない風説を撒き散らかして無礼極まりない態度で人の奥座敷をひっくり返したバルタン星人は何人か居た。

いずれもまるで「お前達には全くの価値もない!」といった態度。

それ以降姿を見せないから、ヤレヤレやっと平和に暮らせるよね?ってな頃になると不思議と再びバルタン星人君は顔を覗かせるのだ。

 

何しに来るんですかね?」と一人が言った。

例え後になって反省したとしても、相手が許してくれたとしても、自分がとった態度は自分で許せない。絶対に顔なんか出せない、と言う。

 

最近、僕はそのバルタン星人達の不可解な行動が何となく理解出来る様になった。

結局人は、人として最低限のモラルや取り決めを守らず、その場だけ都合良く立ち回っても『無意識の意識』が己の落ち度を全て知っているのだ。

犯罪者が必ず犯罪現場に舞い戻る心理と一緒じゃないか?…と思う様になった。

 

恐らくバルタン星人君は反省とか改心なんて高尚な心理活動はしない。

しかし人間である以上、無意識の意識はそれを負担に感じ続けるのだろう。

 

『犯罪者の引け目、後ろめたさ』と全く同じ種類の無意識の『罪業感覚、罪業妄想』に突き動かされ…現場を訪れ確かめなければ心が落ち着かない!という心理。

 

しかし、流石はバルタン星人。

お前達が下手に出るならもう一度付き合ってやっても良いよ?的な上から目線の態度を取らざるを得ないさもしさである。

 

結局、バルタン星人君は『無礼の上塗り』を重ねて寂しく帰って行く…。

人間的な落ち度って奴は、他人から見れば無礼の証拠は被害者自身の心理的被害しかない。

その他の人に対してはそのバルタン君の口一つでどうにでもなる。

しかし肝心のバルタン星人君の心の奥底に『実行者、目撃者、当事者』として『変えようのない証拠』が残されているのである。

 

そんな良心の呵責というものは当の本人が改心に向かう行動をする事によって払拭するしかないのだ。

例え、その久し振りの被害者が『赦免の笑顔』を自分に向けたとしても…肝心の自分が自分を許せないのである。

 

ゴメンナサイ!

その五文字は自分の罪業を軽くしていく魔法の呪文だ。

そして、それは相手にではなく自分に対して唱えるものである。

 

『自分を汚してしまってスミマセン』…と。

それを世の中では最低限の自己愛と呼んでいる。

 

人は得てして人から恥をかかされる。

それは世の常…致し方ない。

しかし『自分が自分に恥をかかせる事』だけは避けたいものである。

 

自分の罪業は全て自分に知られている!

これって意識してみると…誰一人逃れられない案外と厳しい事実だよね。