ここ十何年間(2)

十何年間でスマホとネットが生活に根付いたと前編で書いた。

 

以前にこれもネット関連の弊害として『トンネルビジョンとエコーチェンバー』について書いたことがある。

同じ傾向を持つ人が集まり易いという『ネットの特性』故に『極端に情報が限定的』になる。

その結果間違った情報が喧伝され、ひいてはネット殺人事件まで引き起こすに至った事例もある(メキシコで嘘の誘拐犯人に仕立て上げられた人が殺された事件)と。

 

エコーチェンバーとは自分と似た意見ばかりを繰り返し聞かされると、自分の意見が強化されたと勘違いが起こり盲信に至るというものだ。

トンネルビジョンとはその名の通り、トンネルの中の様に限られた視界で事象を眺め続ける様になる事。

自分と似た意見以外を跳ね退けて狭い範囲の情報ばかりを見る様になる現象。

 

成る程、IT技術は進化し続け世の中に利便を供給し続けるけれど、しかしその新しいツールに対する『人間の処理能力』がついて行けてないんじゃね?…て事だと思う。

 

エコーチェンバー、トンネルビジョンなんて愚かしい環境に身を置く様になるなんて、ネットによって人間が自らの思考力、判断力を恐ろしく劣化させてしまってる事を物語っている。

 

ITはおカネに似ていると思う。

自分の人間的能力(当然知力も含めて) 以上のモノを与えられても使いこなせない。

そのオーバーフロー分は結局身に付かず、悪銭として自分を堕落させてしまう要素になるのだ。

 

ITの処理能力の進化に見合うだけ自分の目的設定力を進化させないと、使いこなせないだけじゃなく『ITにこき使われる』様になる。

ただ使う為に使っているという超無駄を生む事になってしまうのだ。

 

一つ一つのスレッドには、そのスレッド特有の言い回しや隠語が定着している。

見事な迄に同一化され統一されているのである。

自分が同化を望む場合以外にソコに割って入る意味もなし…状態。

彼等と異なる意見なんぞ即座に集中砲火を浴びて撃沈となる。

 

凄く醜い差別用語であれ、そんな『同行の志の集まり』ではそれこそが身分証明と恭順の意を表す『会員証』の如く機能している。

 

『ある一つの考え方』でガッチリ固められ異論、異見を許さない(というよりメンバー一人一人に強く自己規制が働いてる)…そんな組織、グループには時として『薄気味悪い違和感』が強く漂うモノだ。

 

それは、一つ一つの個性の違いを越えてコンセンサスが得られてない『不自然さ』が原因なんだと思う。

先ず優先されているのがそのメンバーなり組織の『会則ありき』で、人間の『自然な個性の差違』というものが『意図的に消去』されているのだ。

『他人の為になる事』一つ取り上げても人によって様々な方法が存在する筈だけど…。

 

何故、そんな愚かしい現象が起こるのか?

それは『中途半端に寂しい人』が、そんな『強い縛り』を好み、その歪な帰属意識によって自分の慰めとしてるからに他ならない。

 

自分の弱さや悪徳を知らない限り、本当の自分の強さや正義には出逢えない。

冷徹な数学で出来ているITに対応するには極めて人間的な『哲学』と向き合わなければならないとは…難儀な時代ではある。