人は…

人は神でもなく悪魔でもない。

至極当たり前の話だ。

 

要するに中途半端って事。

 

人助けをした後で功名心がムクムクと頭をもたげたりもする。

人を強烈に憎み、思いの丈をぶつけて傷付けた後…天使の如く反省もする。

人を好きになった積もりでいたら、自分の意に対して思わぬNOを貰った途端に憎しみに転じたり。

 

僕自身、総じてなかなか誉められた話にお目にかかれない。

その反省は事後の事であり…リアルタイムでは何時も正義100%の自分でふんぞり返っている。

 

幼稚で欠陥だらけの若者が、上司のほんの小さなアドバイス一つでエラく傷付き、直ぐ出社拒否症になるという話を最近よく耳にする。

 

良くも悪くもなく…人はそれまで与えられていた権益を制限されたり奪われたりすると酷く感情を害するものだ。

 

完全自分正義の被害者感情がその人間を席巻し支配するからもう手は付けられない。

その人間の希望通りにして差し上げる他はない。

 

社会不適合の原因は親にある。

しかし、成人してるのだからその責任は当事者たる人間にある。

従って会社からお引き取り願うという運びになる。

 

エラく面倒な文章になってきたぞ…。

 

要は、人を『愛する』ということは時間という要件が大きな意味を持つのだ!と言いたい。

例えば子供を愛する時、その子の『どの時点』を愛するか?で対応は百八十度変わる。

 

子供が「欲しい!」と言ったものをハイハイと与える愛し方もあれば、あなたには早過ぎると我慢させる愛し方もある。

公共の場でマナーを犯した時、理屈なく100%のダメを出す親あれば、『人に叱られるから止めなさい!』と脅して止めさせる親もニコニコ黙認する親もいる。

 

それら全てがその人それぞれの可愛い我が子の愛し方なのだ。

子供の『今の欲求』を愛するか?未来の大人になった姿を愛するか?によって対応は全く違う。

 

教育熱心と称する平成ママさん達の多くは、受験と有名な大学卒業までの…22歳の成功を手にする我が子を愛する。

 

会社で上司にアドバイスされた今年23歳になる子供は、痛く自分の名誉を傷付けられた!と感じるのも無理はない。

親がヨシ!とする経歴を積んだ自分は完璧に仕上がっていると己を疑う事を知らないからだ。

 

幾ら勉強が出来てもね、その思い上がった態度じゃ貴方は社会じゃ最低の偏差値よ!ってな愛ある叱責が欲しかったね。

子供の未来全てを…意味ある人間で過ごせ!と愛するのは難しいんだろうなぁ。

 

自分自身が『その場限りのイイ人』を演るのをヨシとして愛しているのだから。

未来の自分を信じ愛してる人にして初めて、自分の子供の未来を信じ愛せるのかも知れないよね。

 

自分に対してであれ他人に対してであれ、その未来を愛するならば当然『その存在の今』に対しては厳しい要求になるのは当たり前だ。

だってその存在は、今現在未完成であり不完全なのだから。