いつの間にか

気付くといつの間にか確りと心の中に侵入して居座ってる…そんな風情であいみょんはやって来た。

 

初めて聴いたのは何時かも分からない。

いつ頃ビジュアルを認識したのかも分からない。

 

マリーゴールド、君はロックなんか聴かない、ハルノヒ…漏れ聞こえて来たら知らず知らずの内に口ずさんでいるといった感じだ。

 

何なんだ?コイツ。

と不思議に思ってたら、あるテレビ番組で好きなアーティストにスピッツの草野マサムネを挙げるじゃないか。

何でマサムネ君?

もっと詳しく知ろうとググりウィキって調べた。

 

24歳だった。

インディーズ時代には歌詞がキワドクて放送自粛なんて事もあったらしい。

好きなアーティストを見ていくと吉田拓郎、尾崎豊等々。

 

それで少し謎が解けた。

 

24歳の若さは曲の中にちりばめられてるけれど、何処かに胸に押し入って来る懐かしさ…。

青春の原風景みたいなモノを感じるのは、彼女のそんな引き出しのせいか?

 

キチンと得るべきモノを吸収した上で彼女の若さが躍動している。

彼女が抽出するエッセンス、それはとても幅広い時間の中からチョイスされているのか?

 

なるほどね…食に於いても衣料品に於いても、優れたものは必ず『懐かしい新しさ』『新しい懐かしさ』を携えているモノだ。

 

彼女の曲は『普段の普通の風景』を歌っている。

自分の普段の普通の限界域に精一杯手を伸ばして、現実を越えそうな空想を模索しているから新しいのかも知れないと感じた。

 

空想そのものとか『仮想世界での物語』を使って恋愛を唄い、逆に現実の詰まらなさに振り落とされている数多の若いアーティスト達の曲と明確に一線を画している。

今流に言えば『曲の中に彼女が居る』。

 

彼女は普通を歌う。

しかしその曲は『観念ではない情念』がほとばしっている。

 

彼女の個性というものが普通じゃないから…その個性が捕まえる普通の日常は独特となって表現されるのか?

 

優れた調理人が、然り気無い食材から然り気無いメニューを作りながらもテーブル上に『特別を演出』するのに似ている。

 

斯く在りたいな!

オッサンをしてファイトを掻き立てられる…あいみょんである。

 

多作故に、先を急ぎ過ぎない様にと願う。

何としても彼女には、ロングセラーのアーティストで在って欲しい。