タダということ2

『無力』には、財的にとか状況とかスキルとか様々な要因があるけれど、一番大きいのは『無知』という要因だろう。

 

知力には、学歴に象徴される知識とは違う教養であるとか節度であるとか美学、感性、原初的な道徳心(人の尊厳や命の無条件の尊重)等々、上意下達での教えでは身に付かない様々の要件がある。

 

勿論、教えられる事で知力獲得活動は始まる。

けれど…ポイントは教えられてじゃなく、成長の過程で本人が学び取る事で得るという性質があるということ。

だから知力獲得は本人の意志が大きく影響する。

 

パパ活女が短絡的なカネ価値に群がり、嬉々としてオジサンがそれに応えるの図…を日常的に見てると、経済的理由が先にあるんじゃなく両者の『無知の為せる業(わざ)』という原因が透けて見えて来る。

 

カネはカネでしょ?セックスはセックスでしょ?メシはメシだしジュエリーはジュエリーで、ブランド品はブランド品なのである。

彼等の価値判断に、その行為なりカネなりモノなりの『出自』というか、それを手にするまでのプロセス価値というものがスコーンと欠落している事に気付いた。

誰が、何を?どうやって?それは今自分の目の前に在るのか?は全く問われていないのだ。

 

ネはカネっしょ?

 

その価値観で進めば、そりゃぁ振り込め詐欺で得たカネであろうと擬似売春で得たカネであろうと手にする価値は数字のカネであってどんな出自でも構わない、となる。

 

自分の希望とイコール出来るんでしょうかねぇ?

 

ある時期まで、某かの理由で尊厳を傷付けられた女達と不思議と出逢い、様々を話す経験があった。

彼女達に共通するのは、えらく攻撃的なプライドめいた強がりとその反面の強烈な劣等感を秘めていること。

 

ある女は、自分を抱いたのはイケメンばかり!とか、カネ持ちオヤジばかりだとか自慢(だと思えた)したけれど…話す内にそれは誤魔化し切れない惨めな彼女自身への『救い』なんだと気付いた。

 

自暴自棄から手当たり次第に男と寝た。

やがてそれはカネになる(オイシイと彼女は言った) 事を学んだ…と彼女は言っていた。

 

そんなタイプの女子高生がよく言う。

みんな演ってる、イイじゃない!減るもんじゃないし!

居直りのセックスは確実に彼女達から『自尊心を減らしていた』のだった。

 

自分の尊厳とかプライドとかは、減ったかどうか目には見えない。

(いわ)れの 無いカネやモノに魂売ってそれを手にする度に磨り減っていく。

誰にも平等に確実に…。

 

やりきれない現状に鬱々としながら無力故に…取り込まれる女達。

相手の無力に目を付けそこに突け込もうとするオヤジ達の無力。

 

無力の克服は只で自分で出来る。

自分で求めなきゃ無力は克服出来ない。

無力は無知で出来ているのだから。

 

綺麗事を言うな!何をおいてもカネだ!カネなんだよ!…ていう人は多いと思うけど。

そういう人達は、例え大きなカネを得たとしてもずっと無力で在り続けると思う。

 

無知に対してカネは何も貢献しない。

カネに出来るのはせいぜい無知に突け込む事位のものだ。

 

昔の人達はエライよね。

只より高い(怖い)モノは無いって言っている。

 

只の正体をちゃんと見破っていたのだから…。