動機が

 

動機が反社会的志向であれ耽美主義であれ、極端に社会常識や定理から逸脱した発想、行動は世の中に瞬く間に伝染し広まり…「そんなの当たり前」的に陳腐化してしまう。

 

セックスを使い薬物を使い、反逆の中に自分の存在意義を見出だそうとする人というのはある一定数いつの世にも存在するけれど、『それが何?』的に世の中はあっという間に吸収し彼等を『当たり前化』させてしまう。

 

様々なファッションだったり思想だったり音楽だったりを駆使して、人との差異を演出しようとするその発想や行動自体が既にステレオタイプと化してしまっているのだと思う。

 

反逆の伝道師ボヴ・ディランもラブアンドピースのビートルズも結局最高の権威に認められてしまい…勲章を、ノーベル賞を授けられ世の中の中心に招き入れられてしまった。

 

今、落語だとか、伝統芸能・工芸とかの『変えない美学』が価値を持ち光を当てられているという流れを目にして思う。

 

スタイルとか潮流とかが先にあるのじゃなく、自分の表現へのモチベーションの強さにこそ決め手があるんじゃないか?と。

 

型式とかビジュアルのトレンドとかに気持ちは向きがちになるけれど、自分が自分であり続ける決め手は『思いの強さ』という極めてアリキタリのものなんだと感じる様になった。

 

オバマよろしくチェンジ!チェンジ!変わらなきゃ!って世の中上げてやって来たけれど、

『変えない方が良い』事もある。

『変えちゃいけない』事もある。

 

変化も勝負の決め手の一つだけどね…『深さ』というのが結局、決め手だ。

 

ゆずというデュオのあと、型式コピーした路上ライブのプレイヤー達がゾロゾロ…

全国の商店街をたむろしている。

陳腐で没個性だよなぁ。

 

結局、自分が到達した深さをもって勝負していくのが一番個性的で在り続ける方法なんだと思う。

 

何一つ派手でもなく、ビジュアル的に目立てもしないけれど、

それが、確実に時間だけは味方になってくれる方法なんじゃないか。