汚れる事を

汚れる事を極端に忌み嫌い遠ざける様になったのは何時の頃からだろう?

この清潔シンドローム、殆どそれは病的といっても良い。

 

手のひらの『常在菌』というものが身体を守っているのに、保育所では手洗い励行してせっせと洗い流してたっていう笑えない話もある。

 

何もこのシンドローム、身体的な事ばかりじゃない。

失敗とか挫折とかも人生の汚点とばかりに遠ざけ、無菌状態で育った若者が増えた。

失敗にまみれる事を負の面からばかり捉え、先回りしてレールを敷く大人達の努力の賜物である。

結果、心身の病的清潔願望が若者のサバイバル能力を著しく奪った。

 

アカラサマなイジメを前にしても、『不都合として見ない』教師には何から話せば良いのだろう?

汚れない事を前提にした生き方の脆弱さ。

社会人としての生命力が全くない。

 

好むと好まざるとに関わらず、本気で生きれば汚れる局面は多々ある。

失敗もまた然りである。

問題はその汚れを必ず洗い流すという意志と力を養う事なんだけど…。

 

賞味期限に躍起になるメーカー、小売りはパーツを清潔に保つ事に狂奔しながら、その全体では食べ物を大量に廃棄してしまうという暴挙を平然と行う。

 

およそ食に関わる人間ならば、何をおいても『無駄を省く』という『勿体無い』という意識無くして始まらないのにね。

食材を無駄にするっていうのは、不潔清潔を通り越して、犯すべからずの職業上の大罪だ。

 

ついでに言えば、権威には理屈も理性もなくひざまずくグルメと称する人達の姿も浅はかに過ぎる。

何でフランスの田舎モンに和食やラーメンまで格付けして貰って喜んでるのよ?

 

洋食だってね、フランスそのものを日本でやるのは単純馬鹿。

日本ナイズして提供してこその腕前って事じゃね?

 

体力もさることながら…思考力が単純化し脆弱になってる。

表面的な一つを盲信しながら事の全体を通す道理を失っているといった図式は、とても下品で稚拙な感性の仕業ではなかろうか?