自分に直接

自分に直接、被害を与えた人間の事は比較的心の整理を着けやすいモノだ。

ハッキリとした悪意を形にして受け取るからである。

長年の愚行から、僕は彼との関係を切った。

 

そんな時は副産物として様々な噂や中傷を必ず受ける事になる。

『シャーデンフロイデ』という奴だけど、共通の知り合いの中にわざわざ火に油を注ごうとする人間が必ずや現れる。

何度も経験すればコレも想定の範囲内の出来事となった。

 

しかし分からないのは、共通の知り合いの中の極めて善人として映っていた人で、その人に何等の関わりも無いのにソレまでとうって変わった冷酷な態度を取る人が出てくる…ということだ。

 

引っ掻き回したいシャーデンフロイデ好きが、『無いこと無いこと』を吹聴して回ったからなのか?…と随分と後になって思い至るのだが。

 

一連の流れの中で、一番罪深い人間はこの手の人種なのだと感じる。

その奇っ怪な心理の曲折なんて知りたくもないが、その人間にとって何の因果関係も無いのに、いきなり手のひらを返せる心というモノは実に恐ろしい。

 

自分を信じて疑ってない相手に脈絡なくいきなりの冷酷さを以て対する事が出来るのだから…。

今迄のにこやかな笑顔とか善人振りって一体何だったのでしょう?…と嫌でも考えちまうのだ。

 

遅まきながら真相が伝わり、明らかに悪人が誰かが認定された頃、この手のひら返し氏は臆面もなく元の善人然としてシャラっと僕の前に顔を出すから恐怖は尚更増す。

 

こんな人種はある意味殺人犯より怖い。

『その人の正体が見えない』からだろう。

殺人犯には明確な動機がある。カネだったり憎しみだったり…。

 

しかし、この手のひら返し氏には明確に『理解出来る動機』が 見えて来ないのだ。

ゾンビ的な恐怖はその人が如何に笑い掛けて来ようと二度と消える事はない。

 

一体、何がしたいの??

手のひらの表も裏も恐怖の対象でしか無くなってる事をそんな方々は全く意に介していない。

人の信義の根幹を犯しながら『無かった事に出来る』その神経たるやモノノケの領域としか思えない。

 

さも悪人というのは当然怖いけれど…さも善人という人の中に隠された悪意(?)ほど怖いものはない。

その正体見たよ!となれば僕は心の中で音を立てないでシャッターガラガラして、カラッポの好意を浮かべた笑顔を向ける様になった。

 

自分を感じるのに人の哀しみとか絶望を必要とするゾンビの様な善人ってのは思いの外多い。

 

鳩は傷付いた仲間の傷口を死ぬまでつつき続ける。

一切表情を変えず平和の使者のまんまで。
手のひら返し氏はその鳩の様に全く罪の無い目をしている。