なにもかも

何もかも否定する気は毛頭ない。しかし…

 

グルメサイトである。

そのサイトの性格上、如何ともし難い致命的欠陥を内包している。

それは『数量信仰』で運営されているという点だ。

 

60%の中間ボリューム層は、ただひたすら「風評に靡く(なびく)」性質で動く。

数が増えれば増えるだけその数に靡く者が集まってくるから、情報としての信憑性は怪しくなる、という矛盾が生ずる。

 

中間派はオピニオンを提案しない、出来ない。

数が集まり始めたものに靡き、賑やかしの役目を負うだけなのだ。

 

雰囲気だの風情だのといった『質的要素』の情報は、サイトの閲覧数が増えるだけ消されていく。

書かれたとしても極めて観念的なもので、当然のように的を外している。

そして誰かが書いた評論に、それを模した評論が上書きされるだけだ。

 

衣も食も…『質的価値』となると先ず希少性を要する。

希少性は、数が極めて少ない事によってその価値が形成されている。

それは数の論理ほどに分かり易くはない。

 

サイトでの支持者が多いという現実の中には既に、『ありふれたモノ』という性質を宿している訳なんだけど…。

 

情報と同様に、そのライター達にも玉石混淆あって…本当に「価値あり」という情報は、先ず数有りきの価値観で動く所では確率的に見付けにくくなるという皮肉な構造がある。

 

コ・ス・パと称される数量の権化の価値観ならば、直ぐにグルメサイトで見付けられる。

金額的に「安い」という指標は、その額が連れてくる「味わい」という価値をスコーンと欠落させている。

 

何をもって高いか安いかではなく、数量と金額の大小でのみ引き比べるだから、必然的に『質的情報』は省かれてしまっている。

 

何が言いたいのか?

 

求める情報は「数量なのか?」「質的要素なのか?」使い分けが必要だ、ということ。

 

玉石混淆の人達が、玉石混淆の情報を捲し立てていると知った上で情報サイトを使いこなして欲しい。

いきなり甘いカクテルでカルパッチョをつつく女達が、熱心に写真を撮ってどこぞにアップしている姿を見てそんな事を思ったのだった。