麗しの1960~1978

ワイドショーにリチャード・カーペンターが出ていた。

 

ヒットナンバーが次々と流れ...鮮明に甦るその時代に心がワープして行く。

好きだった『スーパースター』は流れず仕舞だった。

時は流れたのだと思いつつ、ユーチューブで夢の後を追いかける。

 

時代を遡りつつジェーン・バエズに辿り着いた。

かなり後の時代なんだろう。ポール・サイモンと『ボクサー』を唄っていた。

 

時代をもっと遡る。

1965年『花は何処へ行った』を唄うロングヘアーの彼女。

客席に映るアメリカの旧き善き時代の若い男、女たち。

 

僕が小学生。白黒のテレビで見た彼女がそこにいた。

来日した時は、当時高校生だった森山良子と共演していた。

『この広い野原いっぱい』か...。

 

自分がリアルに過ごし来た時代は何時の時間も...

お兄さんお姉さん世代の彼女たちを憧れて見ていた少年時代の興奮を越える事が出来ない。

 

今聞くと顔が赤くなる言葉...「音楽には力がある」なんて奴が現役で生きてたんだろうなぁ。

彼女のモノクローム画像の向こうに、高校生最後の時に観た『イチゴ白書』のラストシーンが浮かび上がる。

 

世界中で若者が怒り、権力に反逆を試みていた時代。

その時代の敗北の象徴として『イチゴ白書』のラストが僕の頭の中にインプットされているのだろう。

 

公民権運動、ヴェトナム反戦、大学改革...小さな小学生の自分。

若者たちの本気の闘いをリアルタイムで感じられなかった、という思いが彼らの時代を憧憬に導く。

 

二十歳の原点の高野悦子、青春の墓標の奥浩平が闘いに絶望し自死を選んで旅立っていった時代まで、その興奮はいつも音楽とセットになって表裏を成している。

 

二人の論理や思想を今考えると...稚拙なモノかもしれない。

しかし、その情熱が発するエネルギーは今なお、読む者を魅了する。

 

『本物』の想いや音楽は権力さえたじろがせ、時空を越えて迫り来るのである。

 

『懐かしい』だけじゃない、旧くならない想いやイメージをあなたは持っていますか?