ネットの正義漢たち

子供三人では入れない・・・と児童館での出来事を熊田曜子がネットに。

ルールを守れ!の大合唱に「事前によく調べなかった私が迂闊でした・・・。」と反省謝罪でチャンチャン♪だとさ。

 

安普請(やすぶしん)の正義全盛である。

 

リアルな世界で、「重い荷物を持った老婆を助ける」という正義を行うにもなかなかの難儀と面倒がある。

ネットでは、カタカタとキーを打てば数分で大上段に構えた正義感の一丁上がり!

お手軽だ。

 

ウェブ上の全人口に占めるネット正義漢住人の比率は90%を越えると思われる。

比して摩訶不思議なことに、リアルな社会の正義人は希な美談くらいの希少性ある。

 

もう、書面や情報のやり取りなんてネットに頼らなきゃ現実では動かない。

とても有効なツールであることは疑いない。

 

しかし、これを人間が自分の意見発信や情報のツールに使うと、何でこうも稚拙で幼稚臭い欲望が噴出するのだろうか。

匿名性による責任回避が出来るから?

 

小グループの陰湿ネットイジメもあるらしいけど・・・イジメの対象の人は抜ければ良い。

リアルな社会じゃないから家には来れない。暴力も振るえない。

『辞めるが勝ち』戦法をもっと活用すれば良い。

 

ネット正義漢はその出自に悲劇的な因子を囲っている。

『みんなと一緒』で『人数が多い』という致命的欠陥だ。

多勢であるが故の言いたい放題!が基本図式。

 

一方、聞けばネット正義漢たちは『目立ちたい』欲求が強いんだそうな。

はい、ソコに二律背反の矛盾あり。

結果、彼ら彼女らは目立てない・・・のだ。

数が沢山あるとその価値は激減する、という当たり前過ぎる定理である。

ターゲットは有名人。すなわち、その個性が希少だからこその有名人だ。

ソコに群がる数多い没個性のネット正義漢たち・・・という構図は、俯瞰して見ると哀しくなる。

 

善かれ悪しかれ「また炎上しちゃったよ!」の有名人。

つまり目立っちゃったよ有名人。

有名人を目立たせる『枯れ木も山の賑わい』的な多数のネット正義漢たち。

いくら頑張っても彼らの第一欲求の「目立ちたい!!」は報われません・・・わな。

 

目立ちたい!! 

誰だってそう思う。

 

ならばその目立ち方を考えましょうよ、と言いたい。

コバンザメみたいに有名人の周りを彷徨(うろつ)かずにね。

 

安易に過ぎる。

今まで安易にやってきたからこその無名人なんでしょ?

 

ネットはとても強くて有用だ。

一方、ネットは弱くて無用でもある。

 

悪口陰口携えて、何万人集まったって所詮はバーチャル。

「おいら、一抜けた!」で手出しは出来なくなる。

一切の影響を受ける事もなく自分をゼロに戻せるのだ。

 

ソコんとこ考えてみたいよね。ネットの功罪をね。

ネットそのものは善くも悪くもない。

それを使う人のセンスと美学と意志によって様々な色が付けられるのだ。

 

ネット正義漢の人たち。

あなた方はパソコンやスマホの前で踏ん反り返って自分に恥をかかせてまっせ!

・・・そんな風に思う。