入れ込んだ

入れ込んだ仕事であれ趣味であれ・・・いつしかそれに取り込まれてしまった人の『拘り』と称するモノほど質(たち)の悪いモノはない。

 

自分のやっている事が「ナンボのモンか?」という客観的位置確認ができなくなり、その『思い入れ』とやらが暴走を始めるからだろう。

それは必ず・・・独り善がりの領域に突入するのだ。

 

『たかが自分』を知らない『されど自分』だけの作品は暑苦しくて恩着せがましい。

要は客観と主観のバランス感覚が必要という事だけど。

 

自分の想いに振り回され、それにこき使われているといった風情の人は多い。

夜の商店街で酔いしれて唄うストリートミュージシャンの聞くに堪えない歌なんてその典型。

本人の思い込みを余所にその安易さに辟易となるのである。

 

自尊心と思い上がりは全く異なる様に、自分の想いを大切にする事と不用意に自分を肯定してしまう事はその志を全く異にする。

 

秘伝だの拘りだのと巷には薄っぺらの『思い込み』が溢れている。

ホントのところ、ホンモノで通用しているモノは『拘り』なんてのは他称のものであり、やってる人にとっては『当たり前』の事なんだろうな。

 

眉間にシワを寄せて殊更に『拘り』なんぞと自称してるモノは、グッと心に来るホンモノとは程遠い世界にある・・・と断じて間違いない。

 

テレビから日々流れ来るグルメの名店なるモノを観てると、マスコミに乗って出てこない『普通のお店』の品性とその希少性を感じるのである。