自分らしく

自分らしく生きれば良い!などと臆面もなくほざいて生きてきたけれど・・・

最近自分が恥ずかしく思えてきた。

 

自分らしく!などと言ってるうちは、他者の視線を強く意識させられている訳で、

『不自然』なんだよね。

 

※誰かが言ってたぜ。俺は人間として自然に生きてるんだと・・・。

 自然に生きてるってわかるなんて

 なんて不自然なんだろう・・・。

〈吉田拓郎『イメージの詩』の一節〉

 

ソコで自分はどれだけ自分の本意を優先してるんだろう?と考えてみた。

そして、酷く哀しくなった。

 

一番身近な例で、食べ物だ。

意識して思い返せば何となく『食べるために食べてる』自分がいた。

食べ物にしてこの様である。

 

「何か食べとかなきゃ!」的な食事に終止しているぞ。

食べる事さえ状況に流されて『喰わされてる』自分が、

仕事なんぞというモノに「こうしたい!」なるモノを行う訳がなかったのだ。

 

着る服はと言えば、決まった定番をクルクルと回して見事にルーティン化していることにも気が付いた。

 

何時も的にメシを喰い、何時も的な仲間たちと何時も的な仕事をこなす。

女と話すことさえ何時も的な義務と化してる・・・?

 

先ずは食事から変えよう!

自分の意識のコントロール下に置かなきゃね。

食べたいモノを一週間に何度か必ず食べるようにしようと思った。

 

長い長い悪戦苦闘の時間の中で忙殺されていた・・・と言えばカッコ良いけど。

ストレスに組み敷かれ鎖のない時間の奴隷となっていた。

 

たかが食事、されど食事。

 

自分の意志の優先度のバロメーターだな、と思った次第。

何が食べたいか?と聞いた時、「何でも」と答える女にはロクなのがいない。

長年、それを女判断の有効な手掛かりとしてきた筈なのに!

 

何が自分らしくだ!!

 

だいたい、そんな観念的な事を言い出したら・・人間ってポンコツ一歩手前のアブナイとこに立ってるんだな・・・と猛省いたしました、とさ。