匿名性というもの

裏アカウントの匿名性というものを頼りに、感情をそのままに羅列した若い市会議員がお詫びをしていた。

 

じゃあ、彼が文字通りの極悪非道な人間か?と言えばその評価は短絡的に過ぎるような気もする。

調子に乗ってついつい軽い気持ちで自分の負の部分をさらけ出した、そんな所だろうと思うのだ。

 

多かれ少なかれ、人はトンでもなく汚い事も考えるし信じられないくらい崇高で美しい事も考える。

街頭インタビューでは裏アカウントの方が本音だから「もう彼を信じない!」なる意見が圧倒的多数だったけど・・・。

 

若いカップルがセックスを巡る行き違いで別れたらしい。

 

その若い女の話を聞く羽目になった僕は、「君は『イイ娘でいなくちゃシンドローム』に冒されている。」と言った。

自分の汚さを知らなけりゃ大人になれないよ、確かそんなことも言ったと思う。

 

セックスに関して、自分一人の時の想像力を素直に考えてごらん。

とてもとても他人に話せるシロモノじゃない!って思わない?

コクン、と彼女は頷いた。

 

日頃の君とセックスに対して恐ろしくイヤラシイ想像力を発揮する君は、どっちが本当だろう?と問えば、人に言えない方だ・・・と。

 

素直でよろしい!

だけどね、僕はそのどちらも君だと思う。

ま、天使と悪魔だけど。

 

局面局面で、どちらを使うのか?どちらが相応しいか?

それは、君の生き方の美学が決めるんだ。

君はカッコつけて「私はそんな軽い女じゃない!」ってやって見せたんだけど、

結果として本当に好きだった男を失ってしまったね・・・。

 

自分のキレイな部分はもちろん大切だけど、同じように汚さを知っておく事もとても大切だ。

天使と悪魔の両方の自分をしっかり認知してやり、どちらも大切にすることが自分の心を悲しませないコツなんだ・・・そんな事を言ったと思う。

 

差別用語を臆面もなく書きたてる事を肯定することはない。

出来るわけもない。

しかし・・・人にはその様なおぞましい心が備わっている。肝心の自分も同様に。

それを知っての上で他者の事を考え評価したいな・・・と思うのだ。

 

自分の汚さを知り認めない人は、結果としていつも寂しく哀しい思いで生きることになる。

キレイ綺麗な立場から他人を謗(そし)り責める度に、本当の自分の汚さゆえに自信を失って行くからだ。

 

キレイで見栄えの良い自分だけを拾い集めて生きている人は多い。

そんな人は、欲しいのに欲しいと言えない痩せ我慢ばかり・・・。

もの欲しい卑しい自分は受け入れられないからだ。

 

神経質に他人を責めているその姿は、あたかも泣いているかの様にヒステリックで寂しい風情が漂っている。

 

オレって、アタシって、だめなのよねぇ・・・。

そこから人間同士の理解はスタートするような気がする。

額面キレイな人達の集団は、人を息苦しくさせる。本音を言えなくさせる。

人間の汚さを知るところから、『だからキレイにする方法』はスタートするのだと思うんだけど。

 

キレイなご立派ばかりが行き交う世の中は不健全で未成熟だ。

 

俯いて、ボソッと喋るしかない自分の至らなさをお互い口にできる成熟した社会・・・

そんなの・・・僕が生きてるうちに来るだろうか。