出来ない人の

出来ない人の気持ちと難なく出来る人の気持ち・・・

 

一般的によく言われる「出来ない人の気持ちを思いやれ!」というヤツ。

ドンマイドンマイ、きっと出来るようになるよ・・・てな事を言うヤツが、出来ない者を思いやるって事?

しかしねぇ・・・と少々疑問を持つのだ。

 

それってオタメゴカシっていうんじゃないの?

下手な慰めってのは反って傷付けるんじゃないの?・・と。

 

ま、言葉のニュアンスにもよるし・・・ね。

 

自分で考えれば、何やってんの?しっかりやれよ!・・・とこれ位のニュアンスで言われたら頑張れるかな?とか。

 

一般的に推奨されている言葉運びは、腫れモノ扱いにしてオタメゴカシに言っているようにしか思えない。

ミエミエのニュアンスが漂い、その場に居たたまれなくなる感じが・・

 

自分ができない立場だったら、全く無関心の放置プレイにしといてくれるのが一番救われるんだけど。

メンタルの整理もつくし、それ以上惨めにもならないし。

 

勝ち負けが分かりやすいスポーツを通して学んだのは・・趣味程度ではない本気の競技者なら・・負けた時、その人を慰める言葉は無い。

どんな態度で接して貰おうと何の力にもならないって事だ。

 

『放置と無関心』だけが救いとなる。

一刻も早く一人になってその負けを分析し、今後の対処方法を考える事に没頭したいからだ。

 

本気で挑んで負けた事があるなら、本気の敗者にかける言葉はないということが分かるはずだ。

 

もし、出来ない人が他者に『出来ない者の気持ち』を分かって欲しくなったら・・・その人はその事へのチャレンジから撤退すべきだと思う。

そんなメンタルで挑んで成し得ることはないからだ。

 

『今後に可能性を秘めた』出来ない者は、出来ない自分を絶対に許し認めることなど無い。

出来ない自分の悲しさを他者に分かって欲しくなったら、それは出来ない人間として自分を受け入れてしまったという事だ。

 

そんなメンタルで幾ら物理的に訓練しようとも、二度と這いあがれない。

 

真剣なレベルで考えたら、世に喧伝される「出来ない者の悲しみ」を分かる「出来る人の心遣い」など何の価値もない。

 

覚悟を以て実力改善に真剣に挑んでいる人には、ひたすら厳しい要求をしてあげる事だけが唯一の礼儀なのである。