過去の

過去の努力は今の自分を苦しめる?・・・

 

これまで生きてきて、『もう、いいか・・・』と覚悟を決めて全てを投げ出そうとしたことが何度もあった。

 

そうして、「もう苦しまなくて良い!」と思った矢先、信じられない援助が持ちかけられたり、奇跡的に好転させてくれる様な出来事が起こったり・・・。

 

そんな運びが何度もあった。

『もう少しだけ苦しんでみろ!』と天が言ってるんだな?と理解して、止めることを止めるという流れ。

 

苦しむだけ苦しんで「もう打つ手なし!」。

そこまで行くと必ず自分じゃない力が働いて・・・そんなに都合よく止めさせませんよ!とばかりに事が動いていく。

 

不思議な話だけれど、そんな時に僕は過去の自分の努力を呪わしく感じたものだった。

まあ、罰当たりの心境である。

もう、いいのに・・・!なんて台詞を実際吐いたりもした。

 

それは当然喜ぶべき天の計らいなんだけど、また苦しむのか?という思いが先に来る。

過去の努力が今の自分に怠慢を許してくれないという運びの連続だった。

 

努力は人を裏切らない!と世の中ではよく言うけれど・・・それは、逃げようとする自分の怠慢を諌(いさ)め、もっと苦しめ!と尻を叩いてくれるものなのだ。

まるで強度のサディストの様でもある。

 

これってある種の『やる気貯金』っていうのかもしれない。

 

つまらない自分が健気に積み重ねた過去のちょっとした努力が貯金効果を発揮して、今の状況に対して足りない自分のやる気を補っているのか?

 

時に人は僕に「よく続けられましたね。」なんて褒め言葉をくれたりもする。

しかし、昔むかしの自分がほんのちょっと本気でやった事が未だに周囲に働き掛けて、横着な自分を逃げないように縛ってくれている・・・というのが実際なのだ。

 

続けている、というより続けさせられているというのが本当の所・・・。

その都度起こった奇跡的な他人さまの運びのお陰様、と僕は思い知っている。

 

だから、行き詰って「最早これまで!」となれば天下晴れて自分は解放される・・・なんて心境は強(あなが)ち気の迷いなんかじゃなく、半ば本気で思うのだ。

 

これは自分一人のモノじゃない。

今の自分がやっていることの正体を自分が思い知っている。

 

だから・・・実るほど『頭を垂れさせられる稲穂かな』ってのが僕の現実なのである。