色即是空

失意のどん底に落とされた!と思っていた事が後から見れば全て「改革」「改善」の契機となっていた事に気付く。

 

裏切られて逃げられた?!と愕然としたこともある。

しかし実際、その後腐らずに続けていたら癌部分の切除となって回復した経験が多い。

 

大抵、裏切るような存在はその時すでに疫病神化しているのだが・・・その時は気が付かない。

むしろ、頼り依存しているからショックも大きかった、というだけ。

禍福糾うが如し・・・良いも悪いも自分の感性がメンタルに色をつけて一喜一憂しているのが現実だなぁ、とつくづく思う。

 

憎しみは執着を招き、執着はひたすらにエネルギーを空費させる。

憎しみはメンタルを執着に縛り、前に進めなくしてしまう。

 

なんて辻説法みたいな事を言っても、実際そこをクリアするためには『執着しきること』だ。

その状態は苦しくともエネルギーは尽きる。必ず。虚しくなり憎むことさえできなくなる。

そして、その対象と執着からの卒業を迎える・・・という運びだ。

 

それは自分が対峙し克服しなきゃならないテーマだということだ。

中途半端に目先を転じても・・・必ず引き戻される。

ならばトコトン憎んでみることだ。

それがその対象からの卒業手続きなのだと思う。

 

そんな時、気弱な人は自分を疑ってしまう。

イケないと言われてもそうする。

自責の念という奴だけど、それもトコトン演ってみることだ。

 

疑い切って初めて自分を信じられるようになる。

そうして初めて安易な自己肯定ではない本物の自己認知も手に入る。

 

楽になりたけりゃ『イイ人』になれば良い。

 

それも演ってみた。

しかし、イイ人にはなれたけど・・・良い事は一つも無くなった。

自分の存在感が消えていく日々に耐えられずそれをやめた。

 

中途半端な苦しみは、徒労に終わる。

なんにせよ、生きてりゃ苦しい。どうせ苦しいなら『意味がある苦しみ』を過ごすことだ。

 

自分に正直って難しい。

それを邪魔するのはイイ人症候群だ。

 

「誰にとってのイイ人?」

そこを間違って魂を売ってはイケないのである。

 

相手を許す?

そんな高尚なふるまいは出来ない。

致し方なく『相手を放免する自分を許すこと』しかできない。

 

でもね、それが苦しみを請け負った末の自己認知第一号となるのです。